東京高等裁判所 平成元年(行ケ)234号 判決
一 請求の原因一、二の事実(特許庁における手続の経緯、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 原告主張の審決取消事由について判断する。
1 本件意匠及び引用意匠は、いずれも意匠に係る物品を「包丁研ぎ器」とし、本件意匠の形態は別紙(一)に、引用意匠の形態は別紙(二)に、それぞれ示されるとおりのものであり、引用意匠は本件意匠の登録出願前に原告が発売した包丁研ぎ器の形状をあらわしたものであること、両者は、いずれもその本体の形状を「横長の四角柱体」とし、その左寄り胴部に略平行四辺形状の大きな開口部を設けて握持部とし、右寄りの平面を開孔部として内部に研ぎ機構体を収納し、その中間部に細い深溝状の切り欠き部をあらわして刃研ぎ部とし、本体の正面側下部に細帯状の板体を左右の巾いつぱいに垂下して係止部とする基本的構成態様が一致することについては、当事者間に争いがない。
2 そこで、本件意匠である別紙(一)と引用意匠である別紙(二)によつて、互いに共通する両意匠の基本的構成態様における具体的差異についてみるに、別紙(一)及び(二)において、平面図、底面図、左右側面図上からは両者の特徴的な差異は見出せないが、正面図及び背面図によれば、両意匠は、<1>本体の外形輪に関し、本件意匠は、下辺が長い水平直線縁からなり、上辺が、左端より右方に全長の略三分の二長さのゆるやかな上がり斜縁(握持部の上辺)、その右端より刃研ぎ部に向け下方に屈曲して下降した短い斜縁、これに引き続き上辺の右端まで下辺の直線縁に平行する直線縁(刃研ぎ部の上辺)からなり、本体の左辺が上端からほぼ中間点まで外側に向けた斜縁とこれに屈曲して中間点から下端に向けた垂直縁からなり、右辺が上端から下端に向け内側に傾斜した斜縁からなるのに対し(七辺構成)、引用意匠は、上下辺の各中央部を少しく上方及び下方に膨出し、かつ上下略平行する長短の上下縁とその左右両端をそれぞれ下部を内側に傾斜した左右の斜縁で連ねてなる点(四辺構成)で差異があること、及び、<2>握持部の開口部の形に関し、本件意匠の開口部は前倒れ状の略平行四辺形であるのに対して、引用意匠の開口部は、後倒れ状の略平行四辺形で、その右下角は略三角形状の凹陥面となつている点において差異があること、しかしながら、右<1>、<2>の差異以外には目立つた差異は存しないことが、それぞれ認められる。
3 しかして、いずれも意匠に係る物品を包丁研ぎ器とすることに照らせば、前認定の本件意匠及び引用意匠についての基本的構成態様は、それぞれの意匠の形態上の本質的特徴を最も良く表出するものであつて、これら意匠の要部をなすものと認めるのが相当である。
まず、前記<1>本体の外形輪郭の差異についてみるに、前記のように両意匠の本体の基本的構成態様は略横長四角柱体であるから、その外形輪郭、すなわち正面形状そのものは横長の略四角形(横長の略長方形)であるということができるが、前記認定の両意匠の具体的態様の差異によれば、本件意匠の外形輪郭は厳密には七辺よりなるのに対し、引用意匠は外形輪郭は四辺よりなることは原告主張のとおりである。しかし、原告が引用意匠との差異点として指摘する本件意匠の左辺の外側に向かう斜縁とこれに屈曲して続く垂直縁は、鈍角状を形成し、全体として直線に近似している。また、同じく原告が引用意匠との差異点として指摘する握持部上辺右端から刃研ぎ部に向かう下降斜縁部分は極めて短く(握持部上辺の約八分の一、刃研ぎ部上辺の約四分の一)、かつ握持部上辺とは鈍角状をなしているうえ、その形態が別紙(三)のとおりであつて意匠に係る物品が刃物研ぎ器であることについて当事者間に争いのない登録第二七三一二二号意匠(成立に争いのない甲第三号証によれば、その出願日は昭和四一年六月二八日であり、登録日は昭和四二年七月二六日である。)によれば、本件意匠の登録出願前、本件意匠に係る物品と共通の物品であると認められる刃物研ぎ器の意匠において、握持部上辺端部から刃研ぎ部に向かい下降する形態が広く知られていたものと認めることができるから、本件意匠における握持部右端から刃研ぎ部へ向かう下降斜縁はこれを転用するものとして固有の特徴点とまでいうことはできない。そうであれば、本件意匠の外形輪郭は全体として横長の略長方形と認めて差し支えなく、引用意匠の上下辺の膨出程度も小さく略直線に近いと認められるから、この点に関して原告の指摘する本件意匠と引用意匠の差異は基本的構成態様を凌駕するほど顕著なものとまで認めることはできない。
更に、前記<2>の握持部の開口部の形状についてみるに、前倒れ略平行四辺形といい(本件意匠)、後倒れ略平行四辺形といい(引用意匠)、いずれも短辺である左右両辺の傾斜は僅かであり、引用意匠における右下角の略三角形状の凹陥部の存在を考慮するも、いずれも基本的構成態様の中に埋没してしまう程度の差異にすぎないものというべきである。
その他両意匠を対比するも、共通する基本的構成態様を越えて、看者の注意を惹きつけるような著しい特徴を本件意匠の中に見いだすことができない。
原告は乗用車の型式をあげて両意匠の違いを主張するが、いずれも比喩の域を出でず、既に説示したところに照らし、その類似性を否定する根拠とはなり得ない。
4 ところで、前記のように、引用意匠が本件意匠出願前の昭和五三年当時に原告が製造販売した「包丁研ぎ器」の形状をあらわしたものであることは当事者間に争いのないところであるから、本件意匠は、その出願前に公然知られた引用意匠と類似するものであるとした審決の判断に誤りはなく、審決には原告主張の違法は存在しない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却する。
〔編注1〕本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
意匠権者 原告
意匠の形態 別紙(一)のとおり(本件意匠)
意匠に係る物品 包丁研ぎ器
出願日 昭和五三年一〇月二五日(意願昭五三―四五二九七)
設定登録日 昭和六〇年八月二九日(登録第六六六三二七号意匠)
登録無効審判請求 昭和六二年一月五日(昭和六二年審判第六二四号事件)
請求人 被告
意匠登録無効審決 平成元年九月七日
二 審決の理由の要点
1 請求人(被告)の主張
本件意匠の形態は、横長四角柱体の本体の左寄りに略平行四辺形状の開口部を設けて握持部とし、右寄り部に研ぎ機構体を収容しその中間部に深溝状の切り欠き部を設けて刃研ぎ部となし、本体の正面側下端を本体の長さいつぱいに横長細巾板状に垂下して係止部とするものであつて、このような形態の意匠は、本件意匠の出願前に、日本国内において公然知られた別紙(二)記載の構成態様の意匠(以下、「引用意匠」という。)と類似するものであり、意匠法三条一項三号に該当するので、同法四八条の規定によつて、登録を無効にされるべきものである。
〔編注2〕本件における別紙は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
別紙(二)
<省略>
別紙(三)
<省略>